えんだからね」
米友は何か心がかりのことがあると覚しく、神妙な念の押し方をしました。まだ起き上らない竜之助は、黙ってそれを聞き流しています。竜之助が面《かお》を洗いに縁側へ出たあとで米友は、そこらを片づけながら、二枚折りの屏風の中へ入って行きました。
敷きっぱなしにしてある蒲団《ふとん》の枕許に形ばかりの刀架《かたなかけ》が置いてあって、それに大小の一腰が置いてあります。
ふと米友は、その大剣の柄《つか》のところに触れてみて、
「はてな」
その刀を手に取って屏風の外《はず》れの明るいところへ持ち出し、柄に手を当てて撫でてみました。柄は水で洗ったもののようにビッショリです。
「おかしいぞ」
米友は暫くその刀を見ていたが、柄に手をかけて、引き抜いて見ようと意気込むところを後ろから、
「危ない、危ない、怪我をするからよせ」
手を伸ばして、その刀を取り上げたのは、いつのまにか後ろに立っていた竜之助でありました。
「は、は、は」
米友はなんとなくきまりの悪そうな笑い方をして引込みました。朝飯が済んでしまうと、竜之助は少しの間、日当りのよい縁側のところに坐って日光を浴びていましたが、また屏風の中へ隠れてしまいました。
米友は炉の傍で、大きな鉄瓶の中へ栗を入れて煮ています。栗を煮ながら眼をクリクリさせて黙然《もくねん》と考え込んでいると、
「友吉どの」
と言って屏風の中から、竜之助の声でありましたから、
「何だい」
「お前はたった今、この刀の中身を抜いて見たか」
「抜いて見やしねえ、抜いて見ようとしたところだ」
「それならばよいけれども、この後もあることだから、気をつけて刀には触らぬようにしてくれ、頼む」
「そりゃいけねえ、この狭いところでお前と二人っきりの暮しだ、いつどういうハズミで刀に触らねえとも限らねえや」
「それを言うのではない、今のように刀を抜いて見ようとしては困る」
「抜いて見たからっていいじゃねえか、お前と俺らの仲だもの」
「そうじゃない、刀は切れるものだから、お前に怪我をさせては悪い、それでワザワザ頼むのじゃ」
「御冗談でしょう、こう見えても子供じゃございませんぜ、子供がおもちゃのサーベルをいじるのとは違うんだぜ」
「だから頼むのだ、玩具《おもちゃ》のサーベルならば、怪我をしても知れたものだけれど、刀によっては、血を見なければ納まらぬ刀があるからな
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