、横着半分とで蒲団を被って応対をしていた金助は、ここに至って全くの恐怖に襲われて歯の根が合いません。
「吉原というのも、お前さん、そりゃ嘘だろう」
女は、いよいよすさまじい声。
「どう致しまして、嘘ではございません」
「嘘を言うのに違いない、そうしてあの人をどこへか隠したのは、あれは御別家の奥さんという人に頼まれて、お角さんが手引をして、わたしに知れないように隠してしまったのだということを、わたしは前から、ちゃんと知っている。お前さん、どこへあの人を隠したか、それを言って下さい」
「ト、ト、飛んでもないことで。あの人にも、この人にも、わっしが隠すなんて、お隠し申すなんて、そんなことはございません、ございますはずがございません」
「お前さん、もしお金が欲しいならいくらでも上げるから、あの人を隠したところを教えて下さい」
「いいえ、お金がどうしようと言うんではございません……まあ、何が何やら存じませんが、あなた様にお怨まれ申しても、わっしは損でございますから、ようく事のわけを申し上げてしまいます。あの吉原で、わっしは神尾の殿様にお目にかかっただけで、そのお連れの方にはいっこう気がつきませんでしたので。あとで承ればそれはお目が……お目が悪い方だそうで」
「その人、その目の悪い人が、なんで吉原へ行ってみようという気になるものか。それを傍《はた》からみんなして連れ出して……」
「いいえ、吉原へおいでになったのは本当でございます、吉原は万字楼という大きな店でございまして、そこへ、私も丁度お客になって登り合せたんでございます、そうすると遽《にわ》かに吉原の中へ大騒動が起りましたんでございます」
「そんなことはありません、それはお前のこしらえごとです。なるほど、ここの主人は吉原とやらへ行ったかも知れないが、その前に、あの人をどこへか隠してしまったのです、あの人を隠しておいて、ここの主人だけが吉原へ行って遊んだものに違いない。ここの主人はそういうことをする人です、それだから一人で帰って来たのです。一緒になったものが、それに目の不自由な人を連れにして行ったものが、それを忘れて一人で帰るなんぞと、そんなことはありません。それはお前さんが、みんなから頼まれた拵《こしら》え事でわたしを欺すのです」
「どうもおそれいりました、それほどにお疑いあそばすなら論より証拠、これから吉原へ行ってごらん
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