これは執念深い片腕の男、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百でありました。
「何だ」
振返ったのは、取りも直さず七兵衛であります。
「今夜はどこへ泊るんだ」
百蔵は今ごろこんなことを言って、七兵衛に尋ねてみるのもワザとらしくあります。
「どこにしようかなあ」
歩いて来るには歩いて来たものの、二人はまだどこといってきめた宿がないもののようであります。
「今っからこの姿《なり》で、吉原《なか》へも行けめえじゃねえか」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]が言う。
「そうよ」
「王子の扇屋へ泊ろうじゃねえか」
「いけねえ」
七兵衛が首を左右に振りました。
「どうして」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は笠越しに七兵衛の面《かお》を見る。
「あすこはこのごろ、役人が出入りをしている、滝の川の方に普請事《ふしんごと》があって、それであの家が会所のようなことになっているから、上役人が始終《しょっちゅう》出入りをしているんだ」
「そうか」
がんりき[#「がんりき」に傍点]も暫らく口を噤《つぐ》んでしまいました。口を噤んでも二人は、なおせっせと道を歩いているのであります。
「それじゃあどうす
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