この人が外へ出ると、開き戸が内から閉されてしまったことを見ると、内にも確かに人がいることに違いないのであります。
 内から出た人は、小橋を渡って木立の深みへ身を隠しました。この人をやり過ごして、中なる秘密室の構造に当ってみようか、それともこの人のあとをつけて、その行先を突留めようかと、奇異なる労働者は思案をするもののようでありましたが、その思案は後の方のものにとまったらしく、出て行く人のあとをつけて、木立の深みへ入りました。人影は権現《ごんげん》の社《やしろ》の方をめざして歩みを運ぶもののようであります。
「そこへ行くのは宇津木ではないか」
 火薬の製造所をやや離れてから後ろに呼ぶ声を聞いて、前に進んで行った若い侍風の人は、ハタと歩みを止めました。
「誰だ」
 闇の中から透《すか》して後ろを顧みたところへ、
「おれだ、南条だ」
と言ってなれなれしく近寄って来たので、
「おお」
と言って前なる人は、驚きと安心とで立って待っていました。呼ばれた通りこれは宇津木兵馬であります。
「久しぶりだった、久しぶりにまた妙なところで会ったものだ」
 目の前に立ったのは、甲府の牢内にいる時と、その牢
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