のもあったろうし、これから読もうと思っていた者もあったのが、一同、鳶《とんび》に物を浚《さら》われたような気持になって、自身番へ持ち込んだ親爺連の後ろを恨めしげに見送っていること暫時《しばし》、幸いに大した騒ぎにはならずに散ってしまいました。
 自身番の内部へその張紙を持ち込んだ親爺連、額を集めて眼の敵《かたき》のようにそれを読みはじめました。その文言はこうであります。
[#地から9字上げ]「糸会所取立所
[#地から3字上げ]三井八郎右衛門
[#地から3字上げ]其他組合の者共
[#ここから1字下げ]
此者共、めいめい世界中名高き巨万の分限にありながら、足ることを知らず、強慾非道限り無き者共、身分の程を顧みず報国は成らずとも、皇国《みくに》の疲労に相成らざるやう心掛くべき所、開港以来諸品高価のうちには、糸類は未曾有の沸騰に乗じ、諸国糸商人共へ相場状《そうばじよう》にて相進め、頻りに横浜表へ積出させ候につき、糸類悉く払底、高直《こうぢき》に成り行き万民の難渋少からず、畢竟此者共荷高に応じ、広大の口銭を貪り取り候慾情より事起り、皇国の疲労を引出し、一己《いつこ》の利に迷ひ、他の難渋を顧みず、
前へ 次へ
全172ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング