ほ》貧民等は市街を横行なせる事は日を追つて熾《さかん》なりしが、其頃品川宿に於て施行《せぎよう》を出すを左右《かにかく》と拒みたる者ありとて忽ち其家を打毀《うちこは》せしより人気いよいよ荒立《あらだつ》て、渋りて物を出さぬ家は会釈もなく踏込で或は鋪《みせ》をうち毀し家内を乱暴に及ぶにぞ、蓄財家《かねもち》は皆|戦慄《ふるへおそれ》て家業を休み店を閉めて只乱暴の防ぎをなせば、貧窮人のみ勢ひを得て道路に立ちて威を震《ふる》ひしは実に未曾有の珍事なりけり……さる程に貧民の暴動かくの如くなれば、庄内侯の巡邏方《まはりかた》且つ町奉行の手を以て其の発頭人なる者を追々捕縛なしたりしかど、もとこれ、米価の沸騰より飢餓に逼《せま》るに耐へかねて、かかる挙動に及べるなれば、兎《と》に角《かく》是等を救助せずして静まるべきの筋にあらずとて、先づ救民小屋|造立《つくりたて》の間、本所|回向院《えこういん》、谷中《やなか》天王寺、音羽《おとは》護国寺、三田《みた》功運寺、渋谷渋谷寺の五ケ寺に於て炊出《たきだ》しを命ぜられ普く貧民に之を与へ、其うち神田佐久間町の広場に小屋を設けられて至極の貧人を救助せしかば、是
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