そのままに受取って、憎み出した時はほんとうに憎むのだから困ります。
 そうして鰡八という奴の面《つら》は、どんな面をしているか、一目なりとも見てやりたいものだと余念なく櫓の上に立っていると、どうした機会《はずみ》か、今まで締めきってあった雨戸がサラリとあきました。
 米友は、ハッと思ってその戸のあいたところを見ました。米友が心で願っている鰡八が、或いは幸いにそこへ面《かお》を出したものではないかと思いました。しかし、それは間違いであって、戸をあけたのは十五六になろうという可愛い小間使風の女の子でありました。
「おや」
 その女の子は、戸をあける途端に道庵の家の屋根を見て、その櫓の上に立っている米友に眼がつきました。米友が例の眼を丸くしてそこに立ち尽しているのを見た女の子は、吃驚《びっくり》して少しばかりたじろぎました。
 それから、少しばかり引き開けた戸の蔭に隠れるようにして、再び篤《とく》と米友の面《かお》をながめていましたが、
「オホホホホ」
と遽《にわ》かに笑い出しました。それは小娘が物におかしがる笑い方で、ついにはおかしさに堪えられず腹を抱えて、
「ちょいと、お徳さん、来てごら
前へ 次へ
全172ページ中144ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング