せんでした。鰡八に反抗したということだけでは、決して罪になるものではありません。ただその反抗の手段が、いささか常軌を逸しただけに、その筋でも、どうも見逃し難くなったものと見なければなりません。
道庵先生の隣に鰡八大尽の妾宅があることは、廻り合せとは言いながら、どうしても一種の皮肉な社会現象であると見なければなりません。それで道庵が兄哥連《あにいれん》を狩催《かりもよお》して馬鹿囃子《ばかばやし》をはじめると、大尽の方では絶世の美人を集めたり、朝鮮の芝居を打ったりして人気を取るのであります。
しかしながら道庵の方は、何を言うにも十八文の貧乏医者であります。鰡八の方は、ほとんど無限の金力を持っているのだから、ややもすれば圧倒され気味であることは、道庵にとって非常に同情をせねばならぬことであります。
また一方では、大尽のお附の者共が、盛んに手を廻して、道庵のあたり近所の家屋敷を買いつぶすのであります。そうしてそれをドシドシ庭にしたり、御殿にしたりして、今は道庵の屋敷は三方からその土木の建築に取囲まれて、昼なお暗き有様となってしまいました。
このごろでは、道庵は毎日毎日屋根の櫓《やぐら
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