た細長い形のよい玉を取って、卓子《テーブル》の上から南条の方に突き出しました。
「なるほど」
 南条はその船体を見ることが、いよいよ熱心であります。
「どうも、こうして調べて実地に当って見れば見るほど、我ながら知識の足らないことと経験の浅いことが残念でたまらぬ。だから拙者は思い切って洋行してみようと思っているのじゃ」
 駒井甚三郎がこう言うと、小型の蒸気船の模型を見ていた南条が、急に駒井の面《かお》を見て、
「ナニ、洋行?」
と言いました。
「その決心をしてしもうた」
「それは悪いことではない、君の学問と才力を以て洋行して来れば、それこそ鬼に金棒じゃ」
「書物と又聞《またぎき》では歯痒《はがゆ》くてならぬ、それに彼地《あっち》から渡って来る機械とても、果してそれがほんとうに新式のものであるやらないやらわからぬ、彼地ではもはや時代遅れの機械が日本へ廻って、珍重がられることもずいぶんあるようじゃ、このごろ、少しばかり火薬の製造機械を調べているけれど、思うように感心ができぬ、何を扨置《さてお》いても洋行したい心が募って、じっとしてはおれぬ」
「大いに行くがよい」
「白耳義《ベルギー》のウェッテレンというところに、最良の火薬機械の製造所があるということじゃ、その工場をぜひ見て来たいものだと思うている、しかし、それは他国の者には見せぬということじゃ、やむを得ずんば職工になって……君のように労働者の風《なり》をして、忍んで見て来たいと思うている」
「君は拙者と違って美《よ》い男だから、労働者にするはかわいそうじゃ。しかしそれだけの勇気のあることが頼もしい。そして、いつ出かけるつもりだ」
「来月の半ばに下田を出る仏蘭西《フランス》の船があるから、それに便乗することに頼んでおいた、それでこの通り頭もこしらえてしまっている」
「一人で行くのか」
「従者を一人つれて行く、そのほかには今のところ伴《つれ》というものはない」
「おれも一緒に行きたいな、羨《うらや》ましい心持がするわい」
と南条は笑いました。
「君が一緒に行ってくれれば拙者も甚だ心強いけれど、それが知れたら、それこそ第二の吉田松陰じゃ」
「それでは諦《あきら》めて、君の帰りと土産《みやげ》とを待っていよう。しかし、君が帰って来る時分には、日本の舞台もどう変っているかわからん、君の土産が江戸幕府のものにならないで、或いはそっくり我々が頂戴するようになるかも知れん」
「そんなことはあるまい」
 駒井甚三郎は微笑していました。
 この二人は前に言ったように、高島四郎太夫の門下に学んだ頃からのじっこんでありました。その故に地位だの勢力だのというものは頓着なしに、いつも会えばこうして、友達と同じような話をするのであります。
「思い切りのよいのに感心する、我々は西洋の学問と技術はエライと思うけれど、頭までそうする気にはなれぬ」
と言って南条は、この時はじめてらしく駒井甚三郎の刈り分けた仏蘭西《フランス》式の頭髪をながめました。
「ひと思いにこうしてしまった、洋式の蓮生坊《れんしょうぼう》かな」
 甚三郎は静かに、艶《つや》やかな髪の毛の分け目を額際《ひたいぎわ》から左へ撫でました。
「でも髷《まげ》を切り落す時は、多少は心細い思いがしたろうな」
「なんの……」
「そうだ、駒井君」
 南条はこの時になって、一つの要件を思い当ったらしく、
「君は一人で洋行するそうだけれど、君の周囲に当然起るべきさまざまの故障について、善後の処置が講じてあるのか。一身を避ければ、万事が納まるものと考えているわけでもなかろう」

         六

 南条と別れた宇津木兵馬は、王子の扇屋へ帰って来ました。扇屋の一間には、さきほどから兵馬の帰りを待ち兼ねている人があります。
 いったん尼の姿をしていたお君は、ここへ来ては、やはり艶《あで》やかな髪の毛を片はずしに結うて、綸子《りんず》の着物を着ていました。兵馬は刀をとってその前に坐り、
「まだお寝《やす》みにはなりませんでしたか」
「お前様のお帰りを待っておりました」
「それほどに御執心《ごしゅうしん》ゆえ、よいお返事を聞かせてお上げ申したいが……」
 兵馬の言葉が濁って、その様子が萎《しお》れるのを見たお君の面色《かおいろ》に不安があります。
「残念ながら、もはや、この御縁はお諦《あきら》めなさるよりほかはござらぬ」
と言いながら兵馬は、懐中から袋入りの物と帛紗包《ふくさづつ》みとを取り出して、
「これが、能登守殿より御身へお言葉の代り」
 その品をお君の眼の前へ置きました。その袋入りの物は短刀であり、帛紗包みは金子《きんす》であることが一目見てわかります。
「わたくしは、そのようなものをいただきに上ったのではござりませぬ」
 お君が恨めしそうにその二品をながめていま
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