等が礼儀を知らねえから、それでこの道庵が癪《しゃく》にさわるんだ、口惜しいと思ったら鰡公、ここへ出て来て、道庵の前へ手を突いてあやまれ、もし、あやまらなければ、この後は道庵にも了簡《りょうけん》がある、と言ったところで、おれは手前より確かに貧乏人だ、貧乏人だから金で手前と競争するわけにゃあいかねえ、そうかと言って剣術や柔術の極意にわたっているというわけでもねえから、腕ずくでも危ねえものだ、けれども、おれにはおれでお手前物の毒というものがある、いろいろの毒を調合して飲ませて、恨みを晴らすから覚悟をしろ」
 この道庵先生の露骨にして無遠慮なる暴言は、あたり近所に鳴りはためくほどの大きな声で怒鳴り散らされました。
 先生は、それで漸く、いくらかの溜飲《りゅういん》を下げて、屋根の上からおりて来ましたけれど、鰡八大尽は言うばかりなき不快を感じて、病気も忘れて荒々しく寝床を立って、雨戸を押し開いて欄干から外の闇を睨みつけましたけれど、その時分には道庵先生は、もう屋根から下りて、自分の寝床へ潜《もぐ》り込んでしまっていました。鰡八大尽は、かなりに腹が大きいから、そんなに物事を気にかける男ではなかったけれど、この道庵の暴言は聞捨てにならないと思いました。
 よし、そんならば、いくら金がかかってもよろしい、あの屋敷を買いつぶせ、あの屋敷も売らないと言えば、その周囲の地面家作を買いつぶして、道庵を自滅させるように仕向けろと、執事や出入りの者にその場で固く言いつけました。
 その後、鰡八大尽の御殿と、道庵先生の古屋敷との間を見ていると、ずいぶんおかしなものでありました。
 大尽の方では、絶世の美人だの、それに随う小間使だのというものを、高楼に上《のぼ》せて、道庵先生の古屋敷を眼下に見下《みくだ》させながら、そこでお化粧をさせたり、艶《なま》めかしい振舞《ふるまい》をさせたり、鼻をかんだ紙を投げさせてみたり、哄《どっ》と声を上げて笑わせたりなどしていました。それを見た道庵先生の方は、また道庵先生の方で、屋根の上へいっぱいに櫓《やぐら》を組みはじめました、ちょうど大尽の高楼と向い合うように、大工を入れて櫓を高く組み上げさせました。
 大尽の方では、その櫓を見ては笑い物にしていました。それは大尽の家の高楼と、道庵先生が大工を入れて急ごしらえにかかる櫓とは比較になりません。そんなことをして張り
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