の首に捲きつけられた二重三重の鉄の鎖を問題にしているのであります。実際、あの鎖があっては、皮を剥きにかかる時に、どのくらい邪魔になるかということは、素人目《しろうとめ》にも想像されることです。
「だからおれは、あいつを外してしまって、その代りにこの環《かん》を首へはめて、細引で松の枝へ吊《つる》しておいて仕事にかかりてえと思うのだ」
「けれども、あのくらいの犬だから、細引じゃあむずかしかろうと思われるぜ」
「ナーニ、大丈夫だ、こいつを二重にして引括《ひっくく》れば何のことはあるものか」
「じゃあ、そういうことにしよう、いちばん先に口環《くちわ》をはめるんだな、口環を」
用意して来た革製の口環を取って二人が、やがてムク犬の方へ近寄りますと、今まで伏していたムク犬がこの時に立ち上りました。
「やい畜生、温順《おとな》しく往生しろよ」
二人の犬殺しは尋常の犬殺しにかかるつもりで、左右から歩み寄って、一人は例の握飯《むすび》を投げて、一人は投網《とあみ》を構えるように口環を拡げて、
「それ、こん畜生、口をこっちへ出せ」
呼吸を計って両方から、ムク犬を伸伏《のっぷ》せるようにして口環をはめようとすると、ムク犬は猛然としてその痩《や》せた身体を左右に振りました。
「危ねえ、こん畜生」
二人の犬殺しはその勢いに狼狽したが、
「こいつはいけねえ、どうしても首を松の木へ吊り下げておいてからでねえと」
二人の犬殺しは、手際よく口環をはめてしまうつもりであったところが意外の手強《てごわ》さに、やや当《あて》が外れて、まずどうしても松の枝へ縄をかけて、首を或る程度まで締め上げておいてから、仕事にかからねばならぬと覚《さと》りました。
麻縄の細引へ輪をこしらえ、それをムク犬の首へ投げかけること、それは近寄って口環をはめることよりも遥かに容易《たやす》い仕事でもあり、充分の熟練を持っておりました。
難なくムク犬の首を麻縄で括《くく》って、それを松の枝へ引き通して、悠々と引き上げにかかりました。けれども、不幸にして、最初から捲いてあった二重三重の鉄の鎖が取れていないのだから、ある程度までしか引き上げることはできません。
彼等の目的は、こうして首をしめてしまわない程度において、後足で直立するほどに犬の首を引き上げて、前へ廻って腹を見られるくらいにして置いて、仕事にかかろうというので
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