込んで引上げたのだという者もありました。
 ともかく、すべての者にお暇が出て、そのうちの一部の者は殿様がつれてお引上げになるうちに、ついにお君という女がどうなったかは、誰もその行方《ゆくえ》を知るものがありません。ことにその行方を知りたがって細作《しのび》をこしらえておく神尾派の者までが、ついにその消息を知ることができませんでした。
 総て知りたがっていることがわからないのだから、それでさまざまの揣摩《しま》と臆測とが、まことのように伝えられて来るのはもっとものことであります。
 そこで駒井能登守の屋敷は実際上の明家《あきや》となってしまい、筑前守の手に暫らく預かることになりました。二三の番人が置かれることになったけれども、その番人が夜になると淋《さび》しがってたまりません。
「お化けが出る」
という噂が、またパッと立ちはじめました。そのお化けを見たものがあるのだそうです。一人や二人でなく、幾人もそのお化けをみたという人が出て来ました。
 その説明によると、お化けは若い美しい凄いお化けで、手に三味線を持っているということです。
 それが肩先を斬られて血みどろになって、井戸の中から出て来
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