甲府城の内外は甚だ物騒なことでござる、城下の町々で辻斬がほしいままに行われるかと思えば、破牢の大罪人があって人心を騒がす、その辻斬の曲者《くせもの》も未だ行方が判然せず、破牢の重《おも》なる罪人は影も形もなし、これ我々を在って無きが如く致す者共の振舞。その以前、御金蔵の金子《きんす》が紛失致したとやら、その盗賊の詮議《せんぎ》も今以て埒《らち》が明かず。あれと言いこれと言い、不祥千万《ふしょうせんばん》。その上に、このごろは毎夜の通り、この天守台の上に提灯が現われる、心なき町民どもは天狗魔物の為す業《わざ》と申しおれど、これ以て人間の為せし悪戯《いたずら》、我々を愚弄するにも程のあったもの。余《よ》のことは扨置《さてお》き、まず天守台の提灯から御詮議あって然るべく存じ申す」
神尾主膳は、焼けた提灯を捻《ひね》くり廻しながらこう言いました。
神尾主膳のこの発言は無遠慮に聞えました。列座の誰をも不愉快に感じさせましたけれど、その言うことには筋道がありました。神尾がいま並べたようなことは、その一つがあっても、役人の重き越度《おちど》と言わなければなりません。神尾とてもその責めを分つべき勤
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