て上げたいと、わたしは常々それを思っています。それ故、今の殿様のお側へはなるたけお前を上げないようにしてあるけれども、いつまでもそうしておられるものではない、わたしもいろいろとお前の身の上を考えているうちに、あの御支配の上席の太田筑前守様の奥方が、お前をお側に欲しいとこうおっしゃるから、わたしはどうしようか、今お前を呼んだのは、そのことを相談してみたいから……」
ようやくここへ来て、お松を呼び寄せた相談の緒《いとぐち》が開かれたのでありました。お松はそれどころではないのであります。お松がソワソワとするのを、これは駒井の邸へ密《そっ》と行きたいからであろうと見て取ったお絹は、わざと話を長くして、意見のような、教誡のような、お為ごかしのようなことを言って、お松に席を立たせまいとするのであります。
お松は針の莚《むしろ》に坐っているようにして、それを聞かされているけれども、てんで耳へは入りません。ようやくお絹の相談というのが済んで、お松は解放されました。お辞儀をソコソコにして帰って見ると、ムク犬はまだ待っていました。そのムクを先に立てて、お松は裏門から走り出でて見ました。けれどもその時分
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