単身を以てすれば猿に劣らぬ俊敏な米友も、こう多数を相手にしては、ドレを目当に懲《こ》らしていいか、わからないのであります。それで米友は歯噛《はが》みをしました。
かわいそうに米友も、畜類を相手にして立竦《たちすく》んでしまわねばならなくなりました。
この時、どこからともなく、
「ホーイホイ」
という声。猿どもがキャッキャッと言っている中で、その声は、はじめは米友の耳へ入りませんでした。つづいて、
「ホーイホイ」
という声。それが耳に入ったのは米友より先に、米友を取囲んだ猿どもであります。
「ホーイホイ」
その時に、米友も風の声かと思いました。
「ホーイホイ」
人間の声であることは紛れもないのであります。人ならば二三十人の声でありましょう。それが何人《なにびと》であって何のためにする声だかわかりません。こちらへ来る人の声であるか、またはどこかへ一団《ひとかたま》りになっている人々の声であるかもよくわかりませんでしたが、
「ホーイホイ」
という声がようやく聞え出して来た時に猿どもが、遽《にわ》かにどよめき出したことがよくわかります。
米友の気象としては、敢《あえ》てこの猿どもを相手に取ることにおいて、人の加勢を願おうとは思わないのであります。それだから人の声がしたからとて、それに助けを得たとは思われたくないのであります。人が来ようが来まいが、こうなった上は一匹残らずこの傲慢不遜《ごうまんふそん》な猿どもを退治てやらなければ、虫がおさまらないと思っているのであります。ただどこから形《かた》をつけていいか、余りにその数が多いことによって、戸惑いをしているのに過ぎないのでありました。
「ホーイホイ」
その声は相変らず、遠くもなく近くもなく、纏《まと》まって響いて来るのであります。猿どもは米友を睨めると共に、しきりにその声のする方を気にしているようです。
そのうちにどうしたものか、猿どもの陣形が忽ち崩れ出しました。ひとたび陣形が崩れ出すと共に、畜生の浅ましさであろう、今までの擬勢が一時に摧《くだ》けて、我勝ちに逃げ出しはじめました。その崩れたのと逃げ足との、あまりに慌《あわただ》しいのは、米友をして呆気《あっけ》に取らせるほどでありました。
「ホーイホイ」
その声が敢て近寄ったというわけでもありませんのに。だから米友も少しく拍子抜けの体《てい》でいた時分に、やや
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