なじみ》の若い男が手伝いに来たがります。馴染でない若い男もやって来たがります。もしまた出来てしまった間柄である時には、その馴染であるとないとに拘《かかわ》らず、手を引いてこの水車小屋の一夜を、水入らずの稼《かせ》ぎ場《ば》として許すのであります。
 右の若い女が土手道をスタスタと歩いて行く時に、机竜之助は壁の下から軽く飛んで出でました。いくばくもなくその娘のあとから追いつきました。追いついたというけれど、それはほとんど風のようです。風は微風でも音がするけれど、竜之助の追いついた時までは音がしませんでした。
 でも女はその音を聞かないわけにはゆきません。
「おや?」
 箕《み》を抱えたままで振返ると、そこに真黒い人影が、いっぱいに立ちはだかっているのを見ました。
「物を尋ねたい」
「はい」
 女はワナワナと慄《ふる》えました。
 女はワナワナと慄えて、立っていられないために地面へ竦《すく》んでしまおうとした時に、竜之助は右の猿臂《えんぴ》を伸ばして、女の首筋を抱えてしまいました。
「あれ!」
と叫ぶ口を、竜之助は無雑作《むぞうさ》に押えてしまいました。女は箕を取落して、そこら一面に濛々《もうもう》と粉が散乱しました。
「お前は小泉という家を知っているか」
 こう言いながら竜之助は、いったん固く押えた女の口を緩《ゆる》めました。
「はい……」
 女は再び叫びを立てるほどの気力がありません。
「それはどこだ」
「小泉の旦那様は……」
「小泉の主人を尋ねるのではない、小泉の家にお浜という女があったはず、それをお前は知っているか」
「小泉のお浜様は……もうあのお家にはおいでがございません」
「どこへ行った」
「お嫁入りをなさいました」
「それから?」
「それからのことは存じませぬ」
「知らぬということはあるまい」
「存じませぬ」
「人の噂《うわさ》ではそれをなんと言っている」
「人の噂では……」
「気を落つけて、人の噂をしている通りを、わしに聞かしてくれ」
「人の噂では、お浜様はよくない死に方をなされたそうでございます」
「よくない死に方とは?」
「悪い奴に殺されたのだなんぞと、村では噂をしているものもありますけれど、わたしはそんなことは知りませぬ」
「悪い奴に殺されたと? どこで……」
「はい、お江戸とやらで殺されて、骨になったのを、こっそりとこの村へ届けた人があって、それ
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