おいて、あとからノコノコと跟いて来るという挙動も、なんだか人を見縊《みくび》ったようでもあります。
「それ、また危ない」
 この時、疾風《はやて》のように、白刃が兵馬の頭上に飛んで来ました。それは前の覆面の二人のさむらい。兵馬が身をかわすと、慢心和尚は、うどん切りをするように、ポンポンと二人を続けさまに亀甲橋の上から、笛吹川へ落っことしてしまいました。
「オホホ」
 実に要領を得ない坊主であります。兵馬は舌を捲くばかりでありました。慢心和尚は、
「さあ、兵馬さん、これからだ。八幡村へ持って行けと言ったのは、大方こんなことが起るだろうと思ったから、奴等を出し抜いたのだがね、こうして毒を抜いておけば、あとの心配がない、これからほかの方へ持って行くのだ、さあいいかえ、兵馬さん、わしの後ろへ跟《つ》いておいで」
 何をするかと思って見ている間に、慢心和尚は、駕籠の棒へ手をかけて、それをグーッと一方を詰めて一方を長くしました。
「これ女人衆《おなごしゅ》や、少しの間、窮屈でもあろうがの、こういう場合だからぜひもないことじゃて。しっかりぶらさがっておいでよ」
と言って慢心和尚は、その棒の長くした方へ肩を入れて、ウンと担いでしまいました。
 いくら女一人の身ではあるといえ、それを片棒で、一人で担いでしまうにはかなりの力がなければできないことであります。兵馬は、やはり呆気《あっけ》に取られていると、和尚は、両掛けの荷物でもぶらさげた気取りで、先に立ってサッサと歩き出しました。
 しかもその歩き出す方向が、今まで来た八幡村へ行く方向とはまるっきり違って、東の方――またしても亀甲橋を渡り直して、もと来た方へ帰って行くのであります。初めは常の足どりで歩いていたのが、ようやく早足になりはじめます。
 兵馬は後《おく》れじと和尚について走りました。あまりのことに、兵馬は和尚がどこへ行こうとするのだか尋ねる気にもなりません。
 しかしながら和尚は、恵林寺へ帰るのでもなし、また尼寺へ立戻ろうとするのでもないらしく、甲州街道をどうやら勝沼の方まで出かけようとするらしいから、兵馬は怺《こら》えきれないで、
「老和尚、いったいどこへおいでなさるつもり」
と尋ねました。
「甲斐の国|石和《いさわ》川まで」
「石和川というのは?」
「この川が石和川じゃ」
「その石和川へ何しに」
 兵馬は、いよいよ解《げ》
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