籠だけは前へ進ませようとします。
 悪者どもは、兵馬よりは駕籠をめざしているものと見えました。駕籠を守る兵馬は一人、それをやらじとする悪者は、松林の中から続々と湧いて来るようであります。
 しかし、多勢もまた兵馬の敵ではなく、その神変不思議な一本の金剛杖で支えられて、近寄ることができないで、離れてしきりに噪《さわ》いでいました。
 兵馬とても、彼等を近寄らせないことはなんの雑作もないけれども、さりとて、遠巻きのようになっているところを、どこへどう斬り抜けてよいのだか、その見当はついていないのであります。駕籠屋は駕籠を担《かつ》いだままで、ウロウロするばかり、逃げ出す勇気もありません。
「やい、しっかりやれ、敵はたった一人の痩坊主《やせぼうず》だ」
 親方らしいのが、棒を揮《ふる》って飛び出すと、それに励まされて丸くなった五六人が、兵馬を目蒐《めが》けて突貫して来ました。
 兵馬はよく見澄まして例の金剛杖で、バタバタと左右へ打ち倒す時に、不意に松葉の中から風を切って一筋の矢が、兵馬へ向いて飛んで来ました。
 危ないこと。しかし兵馬の金剛杖は、その思いがけない一筋の矢を、一髪《いっぱつ》の間《かん》に打ち落すことができました。
「この坊主は拙者が引受けるから、早く駕籠を片づけろ」
 同じく松林の中から、覆面した袴《はかま》の二人の姿が現われました。これは今までのと違って両刀、それに袴、まさしく武士のはしくれであります。それと同時に、
「それ担《かつ》げ、わっしょ、わっしょ」
 無頼者《ならずもの》の一隊は、早くも駕籠を奪ってそのままに、神輿《みこし》を担ぐように大勢して舁《かつ》ぎ上げたようです。
 兵馬がハッとする時に、左の覆面が切り込みました。
 兵馬は金剛杖でそれを横に払いました。その瞬間に、右の覆面が斬り込んで来ました。兵馬は後ろに飛び退いて小手を払いました。
 兵馬に小手を打たれてその覆面は太刀《たち》を取落したその隙に、兵馬は飛び越えて駕籠を奪い返すべく走《は》せ出すと、続いて二人の覆面はやらじと追いかけます。
 兵馬は金剛杖を打ち振り打ち振り後ろの敵に備えながら、只走《ひたばし》りに駕籠を追いかけると、かなたの松原でワーッという人声であります。駕籠も人も見えないで、その人声がひときわ高く揚りました。兵馬は気が気ではありません。
 飛んで来て見ると、橋の袂の
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