、この座敷には狐格子《きつねごうし》の丈夫な障子がまた一枚あります。その格子戸を立て切ると竜之助は、二箇所ほどピンと錠をおろしてしまいました。
 なんのことはない、それは座敷牢と同じことです。
 そこで竜之助は、また炬燵へ入ってしまいました。
 お銀様は泣いておりました。こうして夜は次第に更《ふ》けてゆくばかりです。
 夜中にお銀様は物におびやかされて、
「あれ、幸内が」
と言って飛び上りました。
 やはり転寝《うたたね》の形であった竜之助はその声で覚めると、その見えない眼にパッと鬼火が燃えました。
「幸内が……」
 お銀様は再び竜之助に、すがりつきました。お銀様は何か幻《まぼろし》を見ました。幸内の形をした幻に驚かされました。
 机竜之助もまた何者をか見ました。何者かに襲われました。お銀様を抱えて隠そうとしました。
 竜之助を襲い来《きた》ったものは神尾主膳ではありません。宇津木兵馬でもありません。
 前に幸内を入れて置いた長持の中から、茶碗ほどの大きさな綺麗な二ツの蝶が出ました。何も見えないはずの竜之助の眼に、その蝶だけはハッキリと見えました。
 蝶は雌蝶と雄蝶との二つでありました
前へ 次へ
全207ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング