けれど、それは締木《しめぎ》のように固く握られてありました。
お銀様は、ついに二階の一間まで、主膳のために手を引かれて来てしまいました。
そこは主膳が今まで飲んでいたところらしく、獅噛《しかみ》のついた大火鉢の火が熾《おこ》っているし、猩々足《しょうじょうあし》の台の物も置かれてあります。
「お銀どの、なんと見事な雪ではないか、この松の雪を御覧候え、これは馬場の松といって自慢の松の樹じゃ」
主膳も座に着きました。しょうことなしにお銀様はその向うにモジモジとして坐っています。
「結構な松の樹でござりまする」
お銀様は怖々《こわごわ》と庭を覗《のぞ》きました。池の汀《みぎわ》の巨大なる松の樹は、鷹が羽を拡げて巌の上に伸ばして来た形をして枝葉を充分に張っている上に、ポタポタと雪が積み重なっているのは、さすがに自慢の松であり、見事な雪であることに、怖々ながらお銀様も見惚《みと》れます。
松を見ているお銀様の横顔を、神尾主膳は例の貪婪《どんらん》な眼つきで見据えていました。
「お銀どの」
「はい」
「いい松であろう、木ぶりと申し枝ぶりと申し、あのくらいの松はほかにはたんとあるまい、あれ
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