あったろうし、外はこの雪でもあるし、こうして寝かしておけばいつまで寝ているかわかりません。その神尾主膳が急に朝寝の夢を破られたのは、能登守の一行がその屋敷を出るとほとんど同時でありました。取次の言葉を聞いてこの無精者《ぶしょうもの》がガバと刎《は》ね起きたところを見ると、それは主膳の耳にかなりの大事と響いたものと見えます。
「よし、早速ここへ通せ」
 起き上らないうちからこう言ったところを見ても、いよいよ大事の注進を齎《もたら》したものがあることはたしかです。
 まもなく、主膳の寝間へ通されたものは役割の市五郎でした。
「神尾の殿様、逃げました、逃げました、いよいよ逃げ出しましたよ」
「どっちへ逃げた」
「代官町から荒川の筋、たしかに身延街道でございましょう。野郎共を三人ばかり、後を追っかけさせておきましたから、行方《ゆくえ》を突留める分にはなんでもございませんが、いざという時、野郎共では……」
「よし、後詰《ごづめ》はこちらでする。市五郎、其方《そのほう》大儀でも分部《わけべ》、山口、池野、増田へ沙汰をしてくれ、急いで鷹狩《たかがり》を催すと言ってここへ集まるように。表面《うわべ》は
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