。名を知っているのみならず、郡内の道中で、親しくお近づきになっています。けれどもその人は甲州勤番の支配である。破牢の兵馬を糾弾《きゅうだん》すべき地位にある人で、それを擁護《ようご》すべき立場の人でないということはお松にもよくわかるはずです。それ故にせっかく兵馬の在所《ありか》を知ったものの、これから先がまだ心配でたまりません。
ただ一つ心恃《こころだの》みなのは、能登守という殿様が、うちの殿様と違って、物事に思いやりのあるらしい殿様であることのみでありました。思いやりに縋《すが》ったならばと、お松はそこにいくらかの気休めを感じて、あれよこれよと考えはじめました。
そのうちに、忘れていたのは、さきほど七兵衛が窓から投げ込んで行った品物であります。油紙に包んで凧糸《たこいと》で絡《から》げてある包みを解いて見ると、五寸ぐらいに切った一本の竹筒が現われました。その竹筒には何かいっぱいに詰め込まれてあるらしい重味が、なんとなく無気味に思われます。それでやはり凧糸で把手《とって》をこしらえて、提《さ》げるようにしてありましたところへ、懸想文《けそうぶみ》のような結状《むすびぶみ》が括《くく
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