りであるべき容貌は、お銀様において残る方なく蹂躙《じゅうりん》し尽されていました。ひとり机竜之助にとって、その蹂躙は理由なきものであります。
 お銀様にはもはや、幸内の亡くなったということが問題ではない。神尾の毒計を悪《にく》むということも問題ではなくなりました。お銀様の肉身はこの人を愛することと、この人に愛せらるるということの炎の中に投げ込まれて、ほかには何物もないらしい。
 この体《てい》を見て神尾主膳は、ひそかに喜びました。二人をここへ移すことによって、自分の罪悪に差障《さしさわ》りの来ないことを信ずるほどに、主膳はそれを見て取ることができたのでしょう。



底本:「大菩薩峠4」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年1月24日第1刷発行
底本の親本:「大菩薩峠 三」筑摩書房
   1976(昭和51)年6月20日初版発行
※「躑躅ケ崎」「鶴ケ崎」「隠ケ岡」「甲武信ケ岳」の「ケ」を小書きしない扱いは、底本通りにしました。
入力:tatsuki
校正:原田頌子
2002年9月21日作成
2003年5月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書
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