登守が訪ねて来ることは不思議とするに足りないことであります。
 方丈と暫らく対談があったらしく、やがて乗物とお供とがここから帰って行く時分に、その裏山の宵闇《よいやみ》に紛れて行く宇津木兵馬の姿を見ることができました。
 さては、能登守の乗物で来たのは本人の能登守ではなくて、この宇津木兵馬であったろうと思われる。
 長禅寺の裏山の林の中を潜って、とある木蔭に腰をかけた兵馬は、そこで息を吐《つ》いて甲府の町の中を見下ろしました。
 甲府へ来てから兵馬はいろいろの目に遭いました。僅かの行違いから、永久に日の目を見ることができないことになるところでした。ともかくもこうして脱《ぬ》け出ることのできる身の上になったことは喜ぶべきことでしょう。
 これから兵馬の落ちて行こうとする目的《めあて》は、長禅寺を脱けて道もなき裏山伝いを、ひとまず甲斐の恵林寺へと行くのであります。
 甲府で世話になったいろいろの人に名残《なごり》もあるけれども、長い間めざす敵の机竜之助が、まだたしかにこの市中のいずれかに潜《ひそ》んでいるだろうという心残りが一層、兵馬をして甲府をこのまま見捨て難いものにするのでした。
 け
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