はあんまりだから、わたしが月代を剃って上げたいけれど、今はそんなことをしてはいられない。甲府へ行ったら、わたしは人を頼んでお前を迎えによこすから、わたしも附いて来るから、その時になってお父様がなんと言ったって、わたしは帰りゃしない、お前も帰さない。この家には、わたしがいない方がいいのだから、わたしがいなくなればみんな手を拍《う》って喜ぶのだから、わたしがいないので、いなくなるので、それだから、わたしは……」
 お銀様は、畳の上へこぼした小判の包みが手に触《さわ》らないのであります。やっと拾ってまた懐中へ入れるとまたこぼれます。お銀様はとうとう、その幾つかの小判の包みのうち一つを取落したままで、行燈《あんどん》の火を細めて外へ出ました。
 外は昨晩のように深い靄《もや》はありませんでしたけれども、闇夜《やみよ》であることは昨晩と少しも変りはありません。

 お銀様が父と言い争っている時分から、この家の縁先の網代垣《あじろがき》の下に黒い人影が一つ蹲《うずく》まっていて、父子《おやこ》の物争いを逐一《ちくいち》聞いていたようです。
 伊太夫が怒って足音荒く立退いてしまった時分に、そろそろと
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