って、どことなしに強いところがあって、その上に一段と高尚で、それからこの古雅な趣《おもむき》……よく見れば見るほど刃の中に模様がある」
「どうぞ御免あそばしませ」
「お銀どの、そなたはこの刀にお見覚えはござらぬか」
「ええ」
「この刀……」
「ええ、このお刀に、わたくしが、どう致しまして」
「それ故に篤《とく》と御覧なされいと申すのじゃ、怖がっておいでなさるばかりが能ではない、気を落着けて御覧なされい」
「それに致しましても、どうしてわたくしが、このお刀を存じておりましょう」
「もしそなたが知らぬならば、そなたの家の幸内という者が知っている、その刀がこれなのじゃ」
「ええ?」
「これは伯耆《ほうき》の安綱《やすつな》という古刀中の古刀、名刀中の名刀じゃ」
「ええ! これが伯耆の安綱?」
「打ち返してよく御覧なされい」
 ここに至ってお銀様は、一時《いっとき》恐怖の念がいずれへか飛び去って、眼の前に突きつけられた伯耆の安綱の刀に、ずっと吸い寄せられました。お銀様がその刀をじっと見つめている時に、神尾主膳は片手で、近くにあった朱塗の大盃を取って引寄せ、それに片手でまた酒をなみなみと注ぎました。
 右の手では、やはりお銀様の前へ伯耆の安綱の刀を突き出して、左の手では朱塗の大盃を取り上げました。刀を見ているお銀様と、盃の中に湛《たた》えられた酒とを等分に見比べていました。
「この刀は、これは、わたくしの家に伝わる伯耆の安綱の刀?」
 お銀様はこう言った時に、
「その通り」
 神尾主膳は舌打ちをして、大盃の中の酒をグッと傾けます。
「どうしてこれがあなた様のお手に……」
「ははは、これを拙者の手に入れるまでには大抵な骨折りではない、今も言う通り、幸内の手からわが物になった」
「幸内が……」
「幸内から譲り受けた」
「それは何かの間違いでございましょう」
「さあ、それが何の間違いでもないのじゃ。お銀どの、そなたは何も知らぬ、それ故、よく言ってお聞かせ申す。そもそもこの伯耆の安綱という刀は、有野村の藤原家に伝わる名刀じゃ、いつぞや拙者の宅で様物《ためしもの》のあった時、集まる者にこの刀を見せてやりたいから、それで幸内を嗾《そそのか》して、ひそかにそれを持ち出させた、それはお銀どの、そなたもよく御存じのはず……いや、幸内の持参したこの刀を見ると聞きしにまさる名刀、急に欲しくなってたまらぬ故、幸内から譲り受けた」
「それは間違いでございます、幸内には、わたくしが父に内密《ないしょ》で三日の間、貸してやったものでございます、それを人様にお譲り申すはずがござりませぬ、そのようなことをする幸内ではござりませぬ」
「それもその通り、尋常では幸内が拙者に譲る気づかいもなし、拙者もまた、微禄《びろく》して、恥かしながらこの刀を譲り受けるだけの金が無い、それ故に少し荒っぽい療治をしてこの刀をぶんどった」
「エ、エ!」
「ははは、驚いたか」
 神尾主膳はふたたび大盃の酒を傾けて咽喉《のど》を鳴らしながら、意地悪くお銀様の面を見つめて、しばらく黙っておりました。
 お銀様はこの時、下唇をうんと喰い締めました。そうして見る見るうちにその面が土色になって、眼《まなこ》が釣り上るのであります。
「幸内が、どうして幸内が、この刀をあなた様に差上げました」
「早く言えば奪い取ったのじゃ」
「エ、エ!」
「幸内に酒を飲ましたのじゃ、その酒は毒の酒じゃ、それを飲ますと酔いつぶれた上に声が潰《つぶ》れるのじゃ。それを飲ましておいて、幸内が手からこの刀を奪い取って、おれの差料にしたのじゃわい」
 主膳は三たび大盃を上げて、心地《ここち》よくその一杯を傾け尽しました。
「あ、あ」
とお銀様は面を屹《きっ》と上げて、その釣り上った眼で神尾主膳を睨《にら》みました。
「うむ、それからまた、幸内めを種に使って一狂言を組もうと思うて、縄でからげてこの屋敷へ隠して置いたが、手ぬかりでツイ逃げられた」
「あああ、知らなかった、知らなかった。そんならこの刀を奪い取るために、幸内に毒を飲ませてあんなにしたのは、神尾様、お前様の仕業《しわざ》か」
「それそれ」
「鬼か、蛇《じゃ》か。人間としてようもようも、そんなことが……」
「まあ、お聞きやれ、そればかりではないわい」
「幸内の敵《かたき》!」
 お銀様は神尾主膳に武者振《むしゃぶ》りつきました。けれどもそれは、やはりお銀様の逆上のあまりで、かえって主膳のために荒らかに組敷かれてしまったのはぜひもありません。
 酔ってこそいたれ、神尾主膳もまた刀を差す身でありました。お銀様が武者振りついたとて、それでどうにもなるものではありません。
 お銀様を片手で膝の下へ組敷いた神尾主膳は、落着いたもので、
「逸《はや》まるな逸まるな、この屋敷へ隠して置いたその
前へ 次へ
全52ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング