の肩に手をかけました。
「どうしたっていいやい」
米友が肩を揺《ゆす》ると、お君は少しばかり泳ぎました。
「お前、何か腹を立っているの」
米友はなお返事をしないで、ようやく草鞋の紐を結んでしまい、ずっと立って傍に置いた例の棒を取って、ふいと出かけようとする有様が尋常でないから、お君はあわてて、
「何かお前、腹の立つことがあるの、気に触ったことがあるの。そうしてお前はここのお屋敷を出て行ってしまうつもりなの」
「うむ、今日限り俺らはここをお暇《いとま》だ」
「そりゃまた、どうしたわけなの。お前はどうも気が短いから、何かまた殿様の御機嫌を損《そこ》ねるようなことをしたんじゃないか。そんならわたしが謝罪《あやま》って上げるから事情《わけ》をお話し」
「馬鹿野郎、殿様とやらの御機嫌を損ねたから、それで出るんじゃねえや、俺らの好きで勝手におんでるんだ」
「そんなことを言ったってお前、そうお前のように我儘《わがまま》を言っては第一、わたしが困るじゃないか」
「お前が困ろうと困るめえと俺らの知ったことじゃねえ」
「何か、キットお前、気に触ったことがあるんだよ、あるならあるようにわたしに話しておくれ、他人でないわたしに」
「一から十まで癪《しゃく》に触ってたまらねえから、それでおんでるんだ」
「何がそんなに癪に触るの」
「なんでもかでもみんな癪に触るんだ、その紅《あか》っちゃけた着物はそりゃ何だ、その椎茸《しいたけ》みたような頭はそりゃ何だ、そんなものが第一、癪に触ってたまらねえや」
「お前はどうかしているね」
「俺らの方から見りゃあ、どうかしていると言う奴がどうかしてえらあ、ちゃんちゃらおかしいや」
「まあ、米友さん、それじゃ話ができないから、ともかく、まあここへお坐り。お前がどうしてもこのお屋敷を出なくてはならないようなわけがあるならば、わたしも無理に留めはしないから、そう短気を起さずに、そのわけを話して下さい、ね」
「出て行きたくなったから出て行くんだ、わけもなにもありゃしねえや、一から十まで癪に触ってたまらねえからここの家にいられねえんだ」
「何がそんなにお前の癪にさわるのだか、お前のように、そうぽんぽん言われては、ほんとに困ってしまう」
「その椎茸《しいたけ》みたような頭が気に入らねえんだ、尾上岩藤の出来損《できそこ》ねえみたようなのが癪に触ってたまらねえんだ」
「あ
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