神尾主膳はやっと起き直りました。
「夜遊びに行って来た」
と言いながら竜之助は、片手で長い刀を横に置いた時に、神尾主膳は竜之助の例の胸のあたりを見て、
「や!」
神尾は悸《ぎょっ》として少しく身を退《しりぞ》かせました。
胸のあたりを気にしていたという竜之助は、その羽織の少しく下の方にぶら下がっている白い物を右の手に持って、左は羽織を押えて、無理にそれをもぎ取ろうとするのであります。
神尾が見て悸《ぎょっ》としたのは、その竜之助のもぎ取ろうとしている白い物が、人間の手のように見えたからであります。
人間の手のように見えたのではない、まさに人間の手に違いないからであります。
「竜之助殿、いったいそりゃ、どうしたのだ」
主膳も、ほとほと身の毛がよだつようでありました。
「固く……むしりついて……どうしても取れぬ」
竜之助は、そう言いながら人間の手を羽織の襟からもぎ取ろうとして、なおも力を入れたのであります。
「どうしたのじゃ」
主膳は再びたずねました。
「これが……この手首が……」
竜之助は、自棄《やけ》に力を入れてその羽織にぶらさがった人間の手を引きました。
「斬った
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