ふるえて、自分の面が火のようにほてるのに堪えられません。

 駒井能登守は客間でお絹と対坐しております。
 それは日本式の客間で、二人の間には桐の火桶が置いてありました。お絹は、いつぞやの甲州道中のお礼などを述べました。そうして後に、お絹が言い出したことは案の如く、神尾主膳のこのたびの縁談のことでありました。
「神尾も、ああして置きますると我儘《わがまま》が募《つの》って困りまする、わたしが参りましたのをよい折に、ぜひこの縁談だけは纏《まと》めて帰りたいのでございまする。筑前様にも、このことを大へんおよろこび下さいました」
 こういう話でありました。能登守はそれを聞いて、
「それは慶《めで》たいことでござる、左様な慶たいことを何しに拙者において異議がござりましょう。して、先方のお家柄は?」
 穏かにこう尋ねたのでありました。
「先方は、有野村の藤原の伊太夫の一の娘にござりまする」
「有野村の伊太夫の娘?」
「左様でござりまする」
「なるほど」
 能登守は暫らく考えている風情《ふぜい》でありましたが、言葉をついで、
「あれは聞ゆる旧家でありましたな」
「仰せの通り、家柄では多分、この甲州
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