もし聞きもしました。土を集めてそれを調べていることは、やはり同一の目的のためと見てよいのであります。その研究の間は誰人をもこの室に入れることを避けて、眠ることも、ほとんどこの椅子と卓子《テーブル》とに凭《よ》ったのみでありました。疲れた時は夜となく、昼となく、うつらうつらと眠るのでありました。覚めた時は書物と実物とを向うに首っ引きでありました。
 今も疲れて能登守は、椅子に深く身体を埋めて眠っていました。その時に扉が静かにあいて、
「殿様」
 扉の前に立っているのはお君でありました。
 お君は、大名や旗本の家へ仕える女中のように拵《こしら》えています。お松とは年の頃合いは同じくらいでありましたけれど、お松は肉附のよい、どこかに雄々しいところのある娘でありました。お松に比べると、お君はもういっそう色白で、繊細《きゃしゃ》で、沈んだ美しさを持っていました。
「殿様」
と言って、そっと扉をあけたお君は、椅子に凭《よ》ってスヤスヤと眠っている能登守の姿を見て、嫣然《にっこり》として、音を立てないようにその傍へ近づいて行きました。
 能登守はよく眠っていて、お君の入って来たのに少しも気がつきませ
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