あるはずじゃ」
「左様」
「例の高杉|晋作《しんさく》がこしらえた奇兵隊というのがある、あの辺のところが黙って引込んではいまいよ」
「なるほど」
「君は高杉を知っているか」
「知らん」
「老物《ろうぶつ》は知らん、若手では、あれが第一の男よ。あれのこしらえた奇兵隊というのは、他藩には、ちょっと類のないものじゃ」
「うむ、うむ」
さきには向うが話の主でこっちが聞き手でありましたが、今度はこっちが話し手で、向うが聞き手になりました。
「長州には奇兵隊があり、薩摩には西郷吉之助のようなのがある、長州が本気で立てば薩摩が黙っていない、薩摩と長州とが手を握れば天下の事知るべし」
「面白くなるのだな」
「それは面白くなるにきまっているけれど、おたがいに籠の鳥だ」
「南条――」
ここで両人の話が暫らく途切れました。話が途切れると獄舎《ひとや》のうちは暗くありました。こちらの室では兵馬の寝息、あちらでは同じ室に、また幾人いるか知らん、鼾《いびき》の声を立てているのさえあるが、それをほかにしては、いよいよ静かなものであります。
こちらの奇異なる武士は、いよいよ近く羽目の透間《すきま》へ耳をつけた時
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