、お君、お君や」
続けざまに呼んで、自分の部屋を素通りして、お君の部屋へ駈込みました。
お気に入りのお君には、お銀様と同じような部屋が与えられてありました。このごろのお銀様は、居間から衣裳から、室内の飾り、すべてのものをお君と同じようにしなければ納まらないのであります。お銀様はこうしてお君の部屋へ駈込んだけれど、どこへ行ったかそこにお君の姿が見えません。机の上にお銀様の好きな寒椿《かんつばき》が一輪、留守居顔にさされてあるばかりです。
「どこへ行ったのだえ」
お銀様は、お君の坐るべき蒲団の上に坐って机に向いました。その一輪挿しの寒椿を取っておもちゃにしようとした時に、机の上に見慣れないものが載せてあるのを見ました。お銀様は一輪挿しの寒椿の方はさしおいて、その見慣れないものを手に取りました。
「まあ、これは珍らしいもの」
と言って、つくづく眼を注《そそ》いだのは一枚の写真でありました。その写真は、先日お君が駒井能登守からいただいて来た、何よりも大切にしている二人立ちの写真なのであります。
最初はただ物珍らしげに取り上げたお銀様が、それをつくづくと見ているうちに、体がワナワナ震えて
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