をかけて飛び移って、塀を乗り越えて往来へ出て、それからあとをも見ずに一散に闇と靄との間を走りました。その勢いは脱兎の如くであります。
「ああ危ねえ、今夜という今夜は、犬もいねえし、首尾も大分いいから、思い通り忍び込んで、さあこれからという時分に、また犬が出やがった。ほんとにあん畜生、俺の苦手《にがて》だ」
五六町も走ったあとで、とある町の角の火の見梯子の下に立って、金助はホッと胸を撫《な》で下ろしました。胸を撫で下ろしながら、またムク犬が追っかけて来やしないかと、キョロキョロと逃げて来た方向を見廻して、万一その辺からワッと面を出した時分には、直ぐにその火の見の半鐘のかかった梯子へかけ上ろうとする用心は、かなり抜からないものです。
「はははは、まず人に見られなくってよかった。夜這《よばい》に出かけて犬に追っ飛ばされた図なんぞは、あんまりみっともいいもんじゃあねえ、仲間の折助どもに見られでもしてみろ、いいかげんお笑いの種だ」
と言って、金助は自分で自分を嘲笑《あざわら》いをしました。この独白によって見ると、金助は誰かの頼みを受けて駒井能登守の挙動を探りに来たものではなく、その目的は全く別
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