。それも家のうちで泣いているならなんのことはないけれど、家の外、町から町を泣き歩いているもののようであります。
だから少年たちはまた一かたまりになって、
「ハテ、この夜中に子供が泣きながら道を歩いていようとは……」
「モシモシ」
その厚くて濃い闇と靄の中から、不意に言葉がかかりました。それは子供の言葉ではなく、
「少々承りとうございますがね、わたしの女房はどこへ行ったんでございましょう、わたしのおかみさんはどこへ参りましたろう、まだ帰って参りませんよ」
少年たちは、そのあまりに不意の言葉に驚かされてしまいました。それは寧《むし》ろ怖ろしいくらいで、
「誰じゃ、どなたでござるな」
と誰何《すいか》しましたけれども、それを耳に入れる様子はなく、それとは相反《あいそ》れた方へ行ってしまいながら、
「もしもし、少々物を承りとうございますがね、わたしのおかみさんがまだ帰って参りません、女房はどこへ参りましたろう」
そこで少年たちは、
「狂人《きちがい》だろう」
「狂人《きょうじん》じゃ」
と言って気の毒がりました。
その狂人と覚《おぼ》しい男は暫らくして足音も聞えなくなりましたが、やが
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