年軍の多くは足駄を穿《は》いておりました。凍《い》てついた大地をその足駄穿きで、カランコロンと蹴りながら歩いていました。
「そんな人がどこにいる」
前へ進んだのが後ろを振返りました。振返ったけれど、やはりおたがいの姿は見えないのです。
「この甲府にいるにはいる」
「ナニ、左様な人が甲府にいると? それならば教えを受けたいものだ、ぜひ」
やはり前へ進んでいた剣術の道具を荷ったのが踏み止まりました。
「甲府にいるにはいるけれど、居所が変っているから、お紹介《ひきあわせ》をするわけにはゆかんのじゃ」
「居所が変っていると? およそこの甲府の附近であったなら、どこでも苦しくない、行って教えを受けようじゃないか」
「それは我々には行けないところ、先方もまた我々に来られないところだから仕方がない」
「そのようなところがあろうはずがない」
「畢竟《つまり》、この甲府の牢屋の中にいるのだから我々には会えん、また先方も出て来られんのだ」
「甲府の牢屋の中に、まだ少年でそしてそれほどの剣道の達者がいると? いったいそれは何という者で、何の罪で牢獄に繋《つな》がれたのじゃ」
「それは宇津木兵馬といって、
前へ
次へ
全190ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング