》がって箒を持った手を休めました。
「今、ここへ娘が一人、入ったろう、仲間《ちゅうげん》につれられて娘が一人入ったろう」
「ふん、それがどうしたい」
「それを聞きてえんだ、あの娘はありゃ、この家に奉公している娘かい、それともまたよそからお客に来た娘なのかい」
「それをお前が聞いてどうするんだ」
折助は突き放すように答えました。
「それを聞かなくちゃならねえことがあるんだ、後生《ごしょう》だから教えてくれ」
米友は突き放されじと焦《せ》き込みました。焦き込めば焦き込むほど、米友の調子が変になりますから、折助などが嘲弄するには、よい材料であります。
「ははは、ずいぶん教えてやらねえもんでもねえがの、いったいお前はどこの何者で、あの娘っ子とは、どんな筋合いがあるんだ、それから聞かしてもらった上でなけりゃあ骨が折れめえじゃねえか」
「うむ、俺《おい》らはいま八幡様に奉公しているんだ。名前か、名前は米と言ってもよし、友と言ってもかまわねえんだ。今たしかにこの家の中へ入った娘は、ありゃ、国にいた俺らの幼な馴染とよく似ているんだ、よく似ているじゃねえ、あの子に違えねえのだから会いてえのよ、向うでもまた、そう言えばキット俺らに会いたがる」
「おやおや、こりゃあお安くねえわけだ」
と言って折助は、またおかしな面《かお》をして、米友の面をジロジロと見ました。
この問答が事ありげなので、そこへ屋敷の中から二三人の折助がまた面を出しました。
「どうしたのだ」
「ははは、この大将が、はるばる国許《くにもと》から女を追っかけて来たんだ、そうして後生だから一目会わせてくれという頼みよ。会わせてやらねえのも罪のようだし、そうかと言って、会わせて間違えでも出来た日には、取返しがつかねえし、どうしたものかと、挨拶に困っているところだ」
「なるほど」
彼等は充分の侮辱を以て、米友の面をしげしげとのぞいて、
「は、は、は」
と嘲笑《あざわら》いしました。米友は勃然《むっ》として、
「何だ、何がおかしいんだ」
手に持っていた杖を取り直しました。
「まあ、兄さんや、そんなことを言わねえで帰りな。そりゃ、お前の眼で見ると、どの女もこの女も、みんなその国許にいた馴染の女とやらに見えるんだろうけれど、今ここを通った女はありゃ、ちっとお前には縁が遠いんだ。悪いことを言わねえから、ほかへ行って、もう少しウツリ
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