ってお銀様は、
「君ちゃん、わたしは、どうも幸内がこのお城の中にいるようにばかり思われてならない」
と言いました。
「左様でございますか」
と言って、お君も同じくお城の方を見ていました。
「幸内は、お父様の大切なあの刀を、あたしから借りて、この御城内のどなたかへ見せに来たものに違いない、この御城内のお方でなければ、有野村の近所で、あの刀を見たいというような人があるはずはないのだから」
「それもそうでございます、御城内のどなた様へおいでなさいましたか、それがわかりさえしますれば……」
とお君の返事から、お銀様は暫く考えて、
「あの、お君や」
と少し改まったように言いました。
「はい」
「お前は、この御城内に知人《しりびと》がおありかえ」
「いいえ」
 お君は、どうして私風情《わたしふぜい》が、御城内のお方になんぞと、首を横に振って眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りました。
「おありだろう」
と言ってお銀様は、意味ありげにお君の面を見ました。
「いいえ、わたくしなんぞが」
とお君は言葉に力を入れて言いわけをしましたけれど、お銀様はそれを肯《き》かないで、
「お前はこの
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