いたじゃあねえか、あんなときにでえだらぼっち[#「でえだらぼっち」に傍点]がやって来たらどうする」
「そりゃあ、コクリコクリやっていたって、了簡《りょうけん》は眠っちゃあいねえんだ、眼は眠っても心は眠らねえから、誰がどこへ来たということもちゃんとわかる」
「えらい」
と言って米友を煽《おだ》てた仲間体の男は、いい気になって、米友がいま持って歩いた床几《しょうぎ》の上へ腰を卸《おろ》してしまい、
「兄い、睡気ざましに一口|湿《しめ》してみちゃどうだ、いい酒だぜ」
と言って、傍へ置いた貧之徳利を取り上げて少しく振って試み、それから懐中へ手を入れて経木皮包《きょうぎがわづつみ》を一箇取り出しましたが、こんなことをしている間にも、どうやら外の通りを気にかけている様子であります。この男は仲間体に見えたけれども仲間でないことは、その人柄の示す通りであったが、事実もやはりその通り、これは師範役の小林文吾の変装でありました。
小林文吾は言葉も身ぶりも、やっぱり仲間そっくりで、徳利を振ってみて、懐中から経木皮包を取り出しました。
「兄い、うめえ肴《さかな》があるから一口湿してみてはどうだい」
「俺《お
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