そこへ駈けつけたのはその後のことであります。
駒井能登守は有野村の馬大尽のところから帰り道に、
「一学」
と言って若党の名を馬の上から呼びました。
「はい」
「あの犬を大切にしていた娘を、そちは見たような女と思わぬか」
「はいはい、そのことでござりまする、私もそのように申し上げようかと存じておりましたところでござりまする」
「何と思うていた」
「遠慮なく申し上げてもよろしうござりましょうか」
「遠慮なく申してみるがよい」
「左様ならば申し上げてしまいまする、あの女の子は奥方様に生写しでござりまするな」
「そうか、拙者《わし》もそう思うたからそちに聞いてみた」
能登守は莞爾として一学を顧みました。
「左様でござりまする、奥方様より歳は二つ三つ若いようでござりまするが、あれで奥方様と同じお作りを致させますれば、全く以てわたくしたちまで見違えてしまうでござりましょう」
「その通りじゃ」
そうして馬を打たせて、御勅使川《みてしがわ》の岸を東へ歩ませて行きました。
「殿様」
「何だ」
「あの、奥方様はいつごろ、こちらへお見えになりまする」
「それはいつともわからん」
「御病気の御容態《ご
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