クを叱りました。駒井能登守は莞爾《かんじ》としてムクの頭を撫でながら、
「叱ってはいかぬ、こりゃ良い犬じゃ、この犬のおかげでわしは助かったのじゃ」
と言って駒井能登守は、一間ほど前のところの草の中を指さし、
「そこに古井戸がある、その古井戸へ、すんでのことに馬を乗りかけるところであった、それをこの犬が追いかけて来て留めてくれた、初めは狂犬かとも思うて、鞭《むち》で二つ三つ打ち据えたが、それでも退《ひ》かぬ故ようやく気がついた、この犬がいなければ、わしは馬もろともこの古井戸へ落ちて助からぬことであった、ああ危ないことであったわい」
と言って、能登守は汗を拭きました。
「まあ、左様でございましたか。ムクや、よくお殿様に危ないところをお教え申しました、お前はやっぱり良い犬でした」
お君は駈け寄ってムクの首を抱きました。その時、能登守はお君とムクとを見比べていましたが、
「この犬は、お前の犬か」
「はい、わたくしの犬でございます」
「お前はここの家の……」
「雇人でござりまする」
能登守は、お君とその犬との親身《しんみ》な有様をじっと見つめていました。伊太夫はじめ能登守のお伴《とも》の者が
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