御鑑定になりましたそうでございます」
「なるほど」
「斯様《かよう》な刀には我々共が極めをつけるは恐れ多いと本阿弥様が御謙遜《ごけんそん》になり、主人もまた、極めをつけていただくことが嫌いなのでございまして、ただ宝刀として蔵《しま》って置きましたのでござりまする」
「なるほど」
 ここの一座には、安綱を見たものはいずれも初めてでありました。
 伯耆の安綱は大同年間の名人、その時代は一千年以上を隔てたものです。よし安綱であってもなくても、それと同格或いは同格以上のものであらば、それは宝物とするのに充分であります。
 見直しているうちに、一座は誰とてそれに不服を唱えるものはありませんでした。
「摂州多田院の宝物に童子切《どうじぎり》というのがあるそうじゃ、これは源頼光《みなもとのらいこう》が大江山で酒呑童子《しゅてんどうじ》を斬った名刀、その刀がすなわち伯耆の安綱作ということだが、拙者まだ拝見を致さぬ。その他、大名のうちに、稀には安綱があるとも承ったけれど、いずれもその名を聞くばかり」
と言って平野老人は、再び手許に戻って来た名刀を貪《むさぼ》り見ると、神尾主膳もまた老人と額《ひたい》を突
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