」
一同の面《かお》の色にありありと失望の色が見えまして、それがやや軽侮《けいぶ》の表情に変って行くのを見ていた馬大尽の雇人幸内は、たまらなくなりましたから、
「申し上げまする、これは則重ではござりませぬ、数年前、本阿弥《ほんあみ》様が主人の家へお立寄りになりました時分の御鑑定によりますれば……」
さてこそ本阿弥が引合いに出されて来ましたから、一同は言い合わせたように幸内の面を見ました。本阿弥という名前は、とにもかくにもこの場合、重きをなすのであります。
「本阿弥家の折紙があるならば、あるように最初から言っておくがよい」
と平野老人が呟《つぶや》きました。
「いいえ、折紙があるのではござりませぬ」
と幸内は言いわけをしました。
「どうしたのじゃ」
「本阿弥様は折紙を附けませぬ、手前共の主人も折紙を附けていただくことは嫌いなのでござりまする」
「して、本阿弥がなんと言った」
「本阿弥様が申しまするには、この刀は伯耆《ほうき》の安綱《やすつな》であろうとのことでござりまする」
「ナニ、伯耆の安綱?」
「はい」
「ははあ、伯耆の安綱か」
と言って、いったん鞘《さや》に納められた太刀《たち
前へ
次へ
全105ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング