行くように、何千年何百年というような立木であります。
「一品式部卿《いっぽんしきぶきょう》葛原親王様《かつらはらしんのうさま》の時分からの馬大尽だ」
と馬商人がお君に言って聞かせただけのものはあります。
 屋敷の中を流れる小流に架《か》けた橋を渡ってしまった時分に、木の蔭から現われた女の人が、
「幸内《こうない》、幸内」
と呼びました。若い馬商人は、
「はい」
と言って女の人を見てあわてたようでありました。
 馬上のお君もまた、その声を聞いてその人を一眼見るとゾッとしてしまいました。妙齢の面《かお》という面は残らず焼け爛《ただ》れているのに、白い眼がピンと上へひきつって、口は裂いたように強く結ばせているから、世の常の醜女に見るような間の抜けた醜さではなくて、断えず一種の怒気を含んでいる物凄《ものすご》い形相《ぎょうそう》です。いっそう惨酷《さんこく》なのは、この妙齢の女の呪《のろ》われたのが、ただその顔面だけにとどまるということです。着《つ》けている衣裳は大名の姫君にも似るべきほどの結構なものでありました。罪の深い悪病のいたずらか、その髪の毛だけを天性のままに残しておいて漆《うるし》の
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