お君はいよいよわからなくなって、ほとほと立場に苦しむのでありました。
「姉様、お菓子頂戴」
それでも三郎さんは帰ろうとしないでこう言いました。そのくせ、姉の傍へは寄って来ないで遠くから、いじけるように姉の気色を伺って、やはり雨の中に立っているのでありました。キョロリとした大きい眼の瞳孔《どうこう》が明けっぱなしになってしまっているのを見るにつけ、このお子さんは人並のお子さんではないということを思うて、お君はお気の毒の感に堪えられません。
「いけません」
お銀様はキッパリと断わってしまいました。
見るに見兼ねたから、お君はお銀様の抑えるのも聞かずに立って下へ降りて来て、三郎さんの傍へ寄り、
「坊《ぼっ》ちゃま、雨がこんなに降っておりますから帰りましょう、お召物がこんなに濡れてしまいました」
「打捨《うっちゃ》ってお置きなさい」
お銀様は相変らず怖《こわ》い面《かお》をしています。
「ね、わたしに背負《おんぶ》をなさいまし、あちらのお家へ帰りましょう」
お君は自分のさして来た傘を廻して、それを片手に持ち三郎様へ背を向けました。
お君がせっかく親切に背を向けたにかかわらず、三郎様
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