「お嬢様、そんなお使いが、わたくしなんぞに勤まるものでございましょうか」
「いいえ勤まります、勤まると思うから、わたしはお前に頼みます」
「まあ、どうしたらよろしうございましょう」
「これから行って、橋を渡って大手の御門へ入り、御門番には、御支配様のところへ通る、有野村の伊太夫から来たと言えば、きっと通して案内してくれますから、そうしてごらん」
「それでもお嬢様、殿様がお会い下さるか、下さらないか」
「まだお前、そんなことを言っているの。きっと会います、きっと殿様は、お前の訪ねたことを喜んで、直ぐにお前をお呼びになるにきまっている」
「お嬢様、それはただお嬢様の御推量だけでございましょう」
「そうではありませぬと言うに。それはお前よりも、わたしの方がよく知っている。そうしてお前、殿様の御前《ごぜん》へ出たら、この間のお礼を申し上げた上で、幸内のことを、よくお頼み申しておくれ、大切の刀を持って行方《ゆくえ》が知れなくなって困っている、もしやこのお城の中のどなたかのお邸でお引止めになりはしないか、それとなく、殿様に申し上げてみておくれ。そうすれば何かお心当りがおありなさるかも知れない、あの
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