のが一座の中にいないとは限りません。
 一応アッと言わせたけれども、あけて口惜しき玉手箱ではせっかくの趣向がなんにもならぬ。こんなことならば、一応自分が見ておいてから、この席へ出した方がよかったと神尾は、多少自分の軽率を悔ゆるようになりつつ、ようやく包みを解いてしまって、箱を開くと古錦襴《こきんらん》の袋の中には問題の太刀が一|振《ふり》。それから神尾が袋を払って、その白鞘《しらさや》の刀に手をかけて鄭重《ていちょう》に抜いて見ました。
 刀身の長さは二尺四寸。神尾主膳がそれを抜いてつくづくと見ると、例の平野老人は眼鏡の面《かお》をそれに摺《す》りつけるようにして横の方から見ました。小林文吾もまたそれを前の方からながめていました。一座の連中は、或いは近いところから、或いは遠いところから、しきりに覗《のぞ》いたり眺めたりしていました。主膳はつくづくと見て、
「うむ」
と考え込んでいましたが、そのままなんらの意見も述べないで平野老人の手へと渡してやりました。平野老人はそれを恭《うやうや》しく受けて改めて法式通り熟覧しました。平野老人は打返して二度まで見ました。
「うむ」
 これも唸《うな》るように、うむと力を入れて言ったままで、次なる師範役の小林文吾の手へと渡してやりました。小林師範がそれを受けてしきりにながめましたけれども、これも一言も意見を述べませんでした。そうして、やはり無言のままで次へ渡してしまいました。同じようにしてその刀が列座の人々の手から手に渡されて、いずれも考えを凝《こ》らしてながめていましたが、誰とて、それについて極《きわ》めをつけてみようというものはなく、こうもあろうかという意見をさえ述べるものはありません。そうして無言のままに受取られて刀は席を一巡し、ようやく神尾主膳の手に戻りました。
「さて、いかがでござるな、おのおの方」
 その刀を鞘へ納めながら神尾主膳は一座を見廻しました。けれども、誰もまだウンともスンとも言いませんでした。相州物であろうとか、いいや備前とお見受け申すとか、おおよその見当さえ附ける人がありませんでした。おおよその見当を附けてさえ笑われることを恐れるほどに、わからないのがこの刀でありました。
「区《まち》よりいったいに板目肌《いためはだ》が現われているようでござるな」
 平野老人がようやくこれだけのことを言いました。相州物とも大
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