ほんとに助かったか知ら。酔興とは言いながら、かわいそうのような心持がする、何のつもりか知らないけれど、わたしを追蒐けて来たと思えば、あんな男でもまんざら憎くはない、命がけで、わたしの後を追蒐けて来る心持が可愛い」
 今となっては、たとえ無頼漢《ならずもの》であろうとも、自分に調戯《からか》ってくれる男のないことが淋しいくらいでありました。
 こんなことをいつまで考えていても際限がないと、お絹は浴衣の襟をつくろってそこを立とうとした時に、縁の下の笹藪《ささやぶ》がガサと動いて、幽霊のようなものが谷川の中から、煙のように舞い出した。あれと驚くまもなくお絹の首筋をすーっと一巻き捲いてしまいました。
「何を……何をなさるの……」
 その幽霊のようなものは、お絹の首筋をすーッと捲いて、その面《かお》を自分の胸のあたりへ厳しく締めつけたものだから、それでお絹は、言葉を出すことができなくなってしまいました。
「御新造《ごしんぞ》、がんりき[#「がんりき」に傍点]だ、百だよ」
と言って、有無《うむ》を言わさず縁の下へ引き下ろしてしまいました。
 河童《かっぱ》に浚《さら》われるというのは、ちょうどこん
前へ 次へ
全123ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング