て甲府へ赴く由にて此の宿へ着き申候、御身が甲府入りを致したしとの書状と思ひ合せてをかしく存じ候、右の婦人達もたえず駕籠乗物に揺られ、人気の険しさに胆《きも》を冷し随分難渋のやうに見受けられ笑止に存候」
[#ここで字下げ終わり]
駒井能登守には奥方があるのでした。それはこの手紙によっても察することができるようにかなり重い病気、かなり永い患《わずら》いにかかって江戸に残されているのです。その奥方に宛てて能登守が毎日のように手紙を書いては送り、奥方からもまたこの道中の都度都度《つどつど》に音信のあることがわかります。能登守も若いから奥方も若いに違いない。能登守も綺麗な人だから奥方も美しい人に相違ない。若くて美しい二人は結婚して、そんなに長い間でないこともわかっています。新婚の若い男と女、たとえお役目柄の厳《いか》めしい能登守にも情愛がなければならぬはずであります。ましてや奥方にはそれに一層の深い情愛がなければならぬはずであります。重い病気と、永い患いとが二人の中を隔てました。その隔てはこうして毎日のように書いているおたがいの消息によって、美しく結ばれているということが想像されるのであります
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