方がよいそうじゃ」
 能登守はこう言った。なるほど、いちばん疲れない能登守がいちばん喋《しゃべ》らなかった。
「無言で気息を調《ととの》えて歩けばよろしかろうけれど、そこが旅は道づれで、いろいろの話をして歩きたいのが凡夫の常だ。よしよし、今度は無言の行を続ける」
 とにかく、中の茶屋で休んで、赤飯などを噛《かじ》っていると、誰も彼も疲れなんどは一時に忘れてしまいました。その元気で茶屋を立って下りにかかりましたが、上りに懲《こ》りて無言の行を続けると言った肥満の与力は、渋面《じゅうめん》を作って口を噤《つぐ》んで歩きましたが、それにひきかえて能登守が今度はいろいろの話をやり出しました。街道筋の地勢や要害を指さしながら、土地案内の与力同心に聞いてみたり、自分の意見を述べてみたりしました。時々|諧謔《かいぎゃく》を弄して一行を笑わせたりしました。それで話の花が咲いて、登りの時より一層賑やかになりました。強《し》いて口を噤んでいた与力の連中もまた談話中の人となって、疲れた足を引きずりながら、息をはずませて気焔を上げていました。
 山腹の左の方から渓水《たにみず》が湧き出て滝のように流れています
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