に送られて、行先ではまた神尾あたりの、あんな悪感情に迎えられて甲府へ乗り込む若い支配の前途も多事でないことはありません。
 その行列は存外|手軽《てがる》で、僅かに与力同心と小者の類《たぐい》と同勢十人足らずで、甲州街道を上って行きました。
 甲府の城内へも、いつ出かけていつ到着するという沙汰なしに出かけましたから、出迎えの来るべき模様もありません。
 駒井能登守は若くてそうして美男でありました。大森か川崎あたりまで遠乗りをするくらいの心持で、陣笠をかぶり馬乗袴を穿《は》いて、十人足らずの一行と共に駒木野《こまぎの》の関所へかかって来ました。
 関所の役人も実は驚いたくらいで、今ごろ不意に勤番支配がおいでになろうとは思いませんでしたから、多少|狼狽《ろうばい》してこれを迎えました。能登守はその関所へ暫らく休息して、関所役人から附近のはなしなどを聞いていました。
 その時ちょうど駕籠《かご》で乗りつけて来た一人の女が、駕籠から出て関所の前へ通りかかりました。
「これこれ、其方《そのほう》はどこへ行く」
 関所役人が呼び止めますと、その女は、
「甲府の方へ参りまする、どうかお通し下さいまし
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